宮福鉄道(北近畿タンゴ鉄道宮福線 非電化時代)/鉄道がある風景-懐かしの鉄路
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Page Start 2011.12.28 最終更新日【2011.12.28】
宮福鉄道(北近畿タンゴ鉄道宮福線 非電化時代)
開業間のない宮津駅。 JRから乗り入れのエーデル丹後号。
DATA
宮福鉄道宮福線

電化履歴:
1988年7月16日
 宮福鉄道宮福線として開業
1990年4月1日
 北近畿タンゴ鉄道に
 社名変更
1996年3月16日
 宮福線全線電化
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解説
宮福鉄道は1988年7月16日に開業した新しい鉄道で、現在の北近畿タンゴ鉄道(KTR)の前身でもあります。

もともと国鉄時代に福知山から大江を経て宮津へつなぐ路線が計画され、途中まで整備が進んでいたものの赤字問題で工事がストップしていました。地方の公的資金が投入されて工事が再開。第三セクター宮福鉄道として開業となります。

また、当初より廃止対象だったJR宮津線との一体経営を望んでいたこともあり、開業翌年に北近畿タンゴ鉄道と社名を改名、1990年4月1日に宮津線を引き継ぎ、現在の北近畿タンゴ鉄道ができあがります。

また宮福線建設に当たっては電化も見越して設計され、1993年から電化工事がスタート。1996年3月16日に電化され現在の北近畿タンゴ鉄道宮福線となっています。

開業当初は小型のMF100形・MF200形ディーゼルカーが導入され、それぞれ緑と赤茶の塗色で1~2両で運行。またJRからもキハ65を改造した特急エーデル丹後号が運行され、急行みやづ号も乗り入れていました。 開業時から宮津線天橋立への乗り入れが行われてました。

当時はまだ今のようなJRとの一体運営の感じはなく、臨時列車的な扱いの乗り入れが中心でした。

1996年の電化以降は電車特急や非電化の宮津線へ大阪や京都から乗り入れるタンゴエクスプローラーも運行され、舞鶴線電化まではいろんな特急列車がいろんなルートで丹後方面に乗り入れるような状況となっていました。

その後系統は整理され、2011年のダイヤ改正では特急列車の系統がさらにわかりやすくなりましたが、今では宮津~峰山の旅客の流れは早い宮福線経由が主体となり、峰山~豊岡の存続が危ぶまれています(天橋立以西廃止という話もありますね)。

京都縦貫道などの高速道路の整備も進み、人の流れが大きく変わっている中、宮津線の存廃問題は年々大きくなっていくのでしょう。宮津~西舞鶴も由良川鉄橋更新時に存廃問題に発展しそうですね。

また、宮福線自体も大丈夫?ってのもあります。電化で高速化とはいえ、今や電車は3往復の特急のみ。果たして電化が必要だったの?という感じも否めません。

なんだかんだ言っても三セクは結局箱ものなので、そのときはいいのでしょうけど、将来考えたら本当にいいのかって議論はいつも別なんですね。公共団体には償却費の概念がないし、借金が増えても会社のようにつぶれないので、企業経営から見たらありえない投資をしてしまうし、失敗しても責任取らなくていいのでセーブも効かない。

ま、鉄道の重要性自体、以前よりはるかに小さくなっていることもあるんでしょうけど、三セクも考え物で、結局税金が食われていってるので果たしていいのかどうか。


思い出

開業時に訪問したのが最初で最後。KTRになってからは行ってませんが、福知山駅が高架となり、線路にも架線が張られてることからかなり雰囲気は変わったのでしょう。

なんだかんだでこの京丹後地域の鉄道はこの30年で大変わりしましたね。


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